どうしようもなく、そんな人「王と側室」:「赤い袖先」下巻・第三部

原作小説

30年ぶりの承恩に、決まりごとを知る者がほとんどいない宮中は戸惑いも

讌華堂(ヨナダン)

ドギムはサンの承恩を受けたことで、和嬪(ファビン)の慶寿宮殿へ戻ることはできず、別宮(ピョルグン)で待機することになった。周りも、そしてドギム自身も落ち着かないなか、貞純(チョンスン)大妃に呼び出しを受ける。

大妃も若くして入宮してから「初めての宮女の承恩」だと語る。そして、ドギムに「尚儀(サンウィ)」の品階と「疊紙(チョプチ)=礼装用の装飾品」を与えることを伝える。

一晩で自分の世界が変わったことを知り、戸惑うドギムに、大妃はさらにドギムの居所として「讌華堂(ヨナダン)」を準備したことを付け加える。サンの執務室や寝殿とも近い屋敷を与えられ、ドギムは喜びよりも恐ろしさを感じるのだった。

ドギムの噂はあっという間に広まり、急いでやってきた友人たちから矢継ぎ早の質問を投げかけられる。(3人が聞きたいのは、昨夜の出来事❤️)

貞純大妃がドギムに「讌華堂を整えてほしい」と言った言葉通り、古い屋敷はあちこち手を入れる必要があった。行き来する人々の好奇の目にさらされ、時には陰口を耳にすることもあり、しかも”あの夜”以来サンが尋ねてこないため、自然とドギムの気持ちは沈んでいった。

そんなドギムに、ギョンヒは「王様に心を与えてはダメ」「王様はもうすぐ来られるわ」と声をかける。

心に不安が広がるドギムを慰めたのは、兄シクだった。「王様が(妹を)大事にしてくれているのか」を心配する言葉にドギムは心底ホッとした。あちこち歩いて、門限ギリギリに屋敷に戻ると、ソ尚宮が王様(サン)が来ているのだからと早く入るように手招きする。

サンは、承恩を受けたドギムがむやみに兄と会うことに小言を口にする。そして、部屋の隅に置かれたままのドギムの荷物を指差す。ドギムは、「すぐに屋敷を立ち退くように言われるかと思い、そのままにしておいた」と答える。

サン
サン

体は大丈夫か?

「赤い袖先」下 カン・ミガン著

サンがドギムのもとを訪ねてこなかった理由は、医女の意見を参考にドギムの体調を気遣ったためだった。待ちかねていたように、サンはドギムを自分の方へと引き寄せ、甘い口づけをした。

その後も、サンはたびたびドギムのもとを訪れた。会話をするというより、周りの目がない讌華堂でのんびり二人の時間を楽しんでいた。「誰かがそばにいると眠れない」と言って、大殿まで戻っていたのが嘘のように、ドギムのそばで眠るサン。一方、ドギムの心には気まずさが残っていた。

御真(オジン)を見直して、ドギムを求める正直な気持ちに気づいたサンは、思いを行動で示すようになります。初夜の後、ドギムを気遣っていたなんて可愛いところもありますね。(せめて文くらい送れば…と思うのは、平安時代を偲ぶ日本人だからでしょうか)

清衍(チョンヨン)郡主(クンジュ)

ちょっと気まずい朝を過ごしたドギムのところへ、清衍(チョンヨン)郡主がやって来る。いまだに兄サンとドギムが結ばれたことが信じられない様子で、ドギムを質問攻めにする。

そして、妹君の淸璿(チョンソン)郡主も来たがっていたが、懐妊がわかり家にいることになったと話す。(この話から、一時期は夫の女性問題などで悩んでいたチョンソン郡主にも明るい話題が増えたことが分かる)

気安い間柄ということもあり、チョンヨン郡主はドギムに和嬪(ファビン)のその後(=お腹が大きくなり、胎動もあるというのに出産の気配がない)を尋ねる。

*この頃、和嬪は(流産でもない様子から)「偽胎(想像妊娠)」ではないかと噂されていた

また、世継ぎが生まれない国王である兄のためにも「ドギムが王子を生むように」とからかう。

そして、サンが幼い頃には祖母=義烈宮=暎嬪(ヨンビン)が朝の水刺床(スラサン)=朝食を作っていた話や、顔をしかめるように食べていたサンも内心喜んでいた話を聞かせる。

チョンヨン郡主
チョンヨン郡主

人の温もりが恋しかったからじゃないかしら

よく面倒を見てあげなさい

王様が自らあなたを選んだのよ

「赤い袖先」下 カン・ミガン著

幼い頃から実の家族から離れる生活、父の愛が異母弟に向けられるのを見るだけあったこと、その父が祖父によって命を奪われることになったこと、周りに信用できる人が殆どいなかったことなど「心を閉ざして」生きるしかなかった兄の心を癒せるのはドギムしかいない、と思っているチョンヨン郡主の言葉が続く。

また、チョンヨン郡主の口から恵慶宮(ヘギョングン)=サンや郡主たちの母の名が出たことから、ドギムは挨拶に伺いたいと思っていることを伝える。とはいえ、承恩を受けたばかりでドギムが表立って動くことも憚られていた。

そんな事情を理解したチョンヨン郡主は、頃合いをみるように言い、恵慶宮から預かった包みをドギムに差し出した。その中には、先日の取調べを受けることになった義烈宮直筆の『女範(ヨボン)が入っていた。

壬午の出来事

迷いながらドギムは、ギョンヒに手紙を書き呼び出した。サンの父・思悼世子=荘献世子が亡くなった時のことを知りたいと伝える。

のちに「米びつ事件」とも呼ばれる悲劇は、この当時、人々が口にしてはならない出来事だった。その一方でドギムの立場は、知らないでは済まされないものとなっていた。

ギョンヒは慎重に言葉を選びながら、彼女が知っていることをドギムに伝える。

  • 壬午(みずのえうま)の年=1762年の出来事
  • 先王の英祖(ヨンジョ)が、荘献(チャンホン)世子の奇行を理由に廃世子を決めた
  • 荘献世子の死は賜薬(サヤク)*によるものではない
  • 閉じ込められたうえでの餓死だった
  • 英祖の側室であり、世子の実母である義烈宮が「世孫の安全のため」と世子の死を上疏した

*身分の高い人物は、一般的に賜薬など名誉を重んじる死を与えられる

そして、義烈宮が上疏した裏には英祖の意思が働いていたと付け加える。その話を聞き、ドギムは暎嬪の諡号を考えていると話していた英祖への思いが大きく変わることに気づいた。我が子を死に至らしめたという非難を自分から逸らし、実母である側室に押し付けたと感じたのだった。

ドギム
ドギム

最も愛した人にどうしてそんなことを?

「赤い袖先」下 カン・ミガン著

ギョンヒ
ギョンヒ

それが君主の愛だから

「赤い袖先」下 カン・ミガン著

ギョンヒの話を聞いて、ドギムはようやくサンの心情を理解した。彼が自ら父親の話をドギムに聞かせたという本当の意味を知った。

サンへの想い

朝、気まずい別れをしたので、今夜は来ないと思っていたサンが讌華堂を訪れた。慌てて起き上がったドギムは、サンの様子も小言も愛おしく、彼のために包み飯の夜食を作る。初めての手料理に驚くサン。

照れくさそうに、そして小言を織り交ぜながらサンは包み飯を平らげる。

ドギム
ドギム

お顔を拝見してもよろしいですか

「赤い袖先」下 カン・ミガン著

ドギムは真っ直ぐにサンを見つめ、そして彼の顔に触れた。サンが激務による身体の疲労だけでなく、心にも疲れが溜まっていることを肌で感じる。

ドギム
ドギム

私は王様に腹が立っていました

でも、私が間違っていました

王様の心を傷つけました。実は傷つくとわかっていました

「赤い袖先」下 カン・ミガン著

思いがけないドギムの言葉に動揺するサン。

サン
サン

お前のせいだ

お前は私のものだ

「赤い袖先」下 カン・ミガン著

赤くなった目をドギムから逸らすように、サンは彼女の膝を枕に横になった。翌朝まで、サンの重みを受け止めたドギムの足は立ち上がれないほどしびれていた。思わず声を立てて笑うドギム。そんな彼女を不思議そうに見るサン。久しぶりに笑顔を見たと言う。

サン
サン

私を恋慕しなくてもいい。ただ、泣くことだけはするな

私のそばを離れるな。そんなことは……耐えられない

「赤い袖先」下 カン・ミガン著

冗談を言い、笑い、小言を言う。ふたりを包む空気がかつての時へと戻っていった。その後も、朝の食事のことで軽口を叩き、笑うサンとドギム。喜びの笑顔が戻ってきた朝だった。

やっと!双方が気持ちを素直に伝える場面です

予兆

新年が明け、忙しい日々を送るサンだったが、ドギムのもとを訪れる夜が続いていた。

サン
サン

周りの目がないということがこんなにいいことだとは知らなかった

「赤い袖先」下 カン・ミガン著

おかげで、ドギムは医女ナムギを呼ぶことになった。以前にも懐妊では?と思うことがあったため、慎重に様子をみていたというドギムに、ナムギは宮中での噂(ドギムの流産や、他の宮女の懐妊など)を聞かせる。ナムギは慎重に脈をとりながら「懐妊は、ほぼ確実」と伝える。

それでも内医院(ネイウォン)へ知らせることを避けようとするドギムに、ナムギは声を大きくする。ドギムは、両班の家柄の和嬪(ファビン)の出産が遅れに遅れているタイミングで、もし自分が王子を産めば災いになるかもしれないということを恐れていた。

本来であれば、出来るだけ早く内医院で診るべきだが、ドギムはもうひと月、3ヶ月を過ぎるまで待つことを選んだ。そしてナムギにも秘密を守るよう念を押した。

いざ懐妊(の可能性)を隠そうとすると、思いの外難しいことが多かった。特にサンは、世孫時代から医学にも精通しており、ドギムの「体調が良くない」という言葉に自ら様子を見ようとした。

ドラマでは違う場面ですが「体調が…」というドギムに熱がないか、サンが手を当てる場面があります。

史実でも、イ・サン=正祖は医学・薬学に詳しく自ら処方することもあったと言われています

その夜、並んで休むサンに声をかけるドギム。「もし、国王ではなくただの士(ソンビ)として生きていたら?」と尋ねると

サン
サン

私は王であることが好きだ

「赤い袖先」下 カン・ミガン著

与えられた才能を活かし、国のために用いることも、優れた文章を読むことも、親孝行することもできると言う。

サン
サン

王でありながら男にもなりたいときはたまにある…

「赤い袖先」下 カン・ミガン著

と呟く。そしてドギムにも同じような問いかけをする。彼女は「宮女ではなく、平凡な女人として生きる人生」を語る。ふと、初恋のオドンを思い出す。ドギムの言葉に、サンはぶつぶつ小言を言う。

恵慶宮のもとへ

淸璿(チョンソン)郡主が男の子を産んだという吉報に、娘の苦労を知る恵慶宮は喜び、孫の顔を見るという口実で茶礼を開くことになった。

淸璿(チョンソン)郡主母子だけでなく、貞純(チョンスン)大妃、孝懿(ヒョイ)王妃、和嬪(ファビン)、清衍(チョンヨン)郡主が集う会に、招待を受けたドギムは戸惑いを隠せずにいた。

今回は、サンが即位して母のために建てた新しい屋敷での催しということもあり、見慣れない場所、慣れない立場にドギムは不安が大きくなる。

「福を分かち合う人が多いほどよい」「あとは王様さえ王子を得れば」という恵慶宮の言葉に、ドギムだけでなく、王妃も和嬪も複雑な思いになる。

恵慶宮
恵慶宮

あなたは前に会ったときと全然違って見えるわね

「赤い袖先」下 カン・ミガン著

とドギムに声をかける。チョンソン郡主の赤ちゃんを抱き、その笑顔を見ながら、自然と自分のお腹に手を当てる。

その時、突然サンがやって来た。そして

サン
サン

お前はここで何をしているのだ

恵慶宮様がどんなに勧めても遠慮すべきだった

「赤い袖先」下 カン・ミガン著

ドギムを厳しい口調で非難した。恵慶宮や大妃の取りなしで、ドギムが末席に座ることを許したもののサンの不機嫌さは続いていた。

このような身分・立場の違いをハッキリさせ、公人と私人の切替をする場面はドラマではほとんど見られなかったように思います。

その場の雰囲気を変えるかのように、貞純大妃が持参した合歓(ねむ)の木酒を取り出したので、恵慶宮は大きな笑みを浮かべた。

合歓(ねむ)の木酒:家の女将が万福をあまねく分けるという意味で息子と嫁に勧める風習もある特別なお酒

「赤い袖先」下 カン・ミガン著

大妃は、赤ちゃんの健やかな成長と、王室・宗室の繁栄を願うことから、執務の合間にやってきたサンにも合歓酒を勧める。懐妊中という和嬪を除いて、順に杯が回される。ドギムも勧められたが…内医院での診察を受けていないため、不確かな状態を告げるしかなかった。

その場の空気が変わるのが分かる。

自分の立場を知り、考えたうえでの行動だったが、サンの放った「不確かな懐妊」「迷惑なこと」「大妃様と恵慶宮様は聞かなかったことに」という言葉に自然と涙が浮かぶドギムだった。

サンの告白

讌華堂に戻ったものの、昼間の出来事を思い出すとさまざまな思いにとらわれるため、ドギムはウロウロする。挙げ句の果てに、洗濯物と格闘中のボギョンの加勢をして砧叩きまで行い、屋敷に戻る頃には日が暮れていた。

前庭に、ドギムの帰りを待つサンの姿があった。

「どこへ行ってきたのだ」「何をしていたのだ」「また何かを隠して…」イライラと落ち着かない様子のサンは水を飲むと

サン
サン

明日、夜が明けたらすぐに脈を診るから、そう思え

「赤い袖先」下 カン・ミガン著

近ごろドギムの様子が普段と違う理由に合点がいったと語るサン。「私に先に話すべきだった」と怒りを表しながらも、ドギムを気遣う。

サン
サン

私はお前に心を置いた。それは否定できない

だからといって宮女出の側室ばかりを寵愛しているという声が出てはならない

私はもっと厳しくならなければならない。私自身にも、お前にも

「赤い袖先」下 カン・ミガン著

愛するがゆえに、ドギムに愛と同じだけの苦痛を与えてしまうだろうと語るサン。

サン
サン

私はどうしようもなく王だ

「赤い袖先」下 カン・ミガン著

そしてドギムの肩を引き寄せ、まだ膨らんでもいないお腹を撫でながら

サン
サン

懐妊であってほしい

「赤い袖先」下 カン・ミガン著

と正直な気持ちを伝えた。昼間は、和嬪もいたためサンは厳しい言葉しか口にすることができなかったのだった。ただ、その後に続くサンの言葉はドギムを傷つけた。「和嬪が元子(ウォンジャ)*を産み王室が栄え、ドギムが王子を産み宗室が栄える」それは、ドギムに過分な地位を欲するなと言うようでもあった。

*元子(ウォンジャ):将来、王位を継ぐとみなされる長子

少し意地悪な気持ちにもなり、ドギムは「女の子を産みたい」「自分によく似た子を7人くらい」と返した。彼女の言葉を冗談として受け取り、大笑いしたサンは「息子でも娘でもどちらでもよい。元気な子を産んでほしい」と伝える。

サン
サン

これからは自ら妾(チョブ)と称せよ

私と言わずに臣妾(シンチョブ)とか、小妾(ソチョブ)とか

「赤い袖先」下 カン・ミガン著

ドギムは、自分が義烈宮と同じ場所にいることを悟る。それは「王に愛される側室」という居場所。自らサンの妻であると名乗る心の準備ができず、ドギムは目を閉じた。

足繁くドギムのもとへ通い、夜を過ごすサン。その一方で、公然と立場の差を知らしめる国王としての厳しい言動。王室だからと言えばそれまででしょうが、女性目線で読むと、かなり胸が痛みます。

小説でもドラマでも、ドギムが「自分の人生を自分で切り拓いて歩みたい」と願いながら苦悩する場面が随所に見られます。愛する人と結ばれて幸せに暮らしました、という物語ではない「共感できる痛みと悩み」に惹かれるのかもしれません。

前の話:「王と宮女」王と宮女②

次の話:「王と側室」繫馬樹(クェマス)

ポスター・画像出典元:MBC番組公式サイト

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